ハサミムシの不名誉な俗称 - ハサミムシと大衆の文化昆虫学考(その1)

「私をここに導いたのは,K氏からの一本の ”ファンタジーア(※1)あふれるキラーパス” であった」

 最近(2010年ごろから),わたしはハサミムシに興味をもちはじめており,その採集と飼育をおこなっている.もともとわたしは甲虫屋であり,ハサミムシには全く興味がなかった.しかし,(1)ハサミムシの生態系における機能的重要性が注目されつつあること,(2)ハサミムシは比較的身近に生息する昆虫で採集しやすく,かつ飼育も容易であること,(3)ハサミムシの生態学的知見は少ないことなどから,何かこいつを使って新しい実験ができないかと考えたわけである.


 当初,わたしはハサミムシを単に生物学的な目だけでみていた.ハサミムシに関して言及している文化昆虫学関連的な知見は,少なくともわたしの知っている範囲ではなく,それほど注目されているようでもない.また,社会に対して文化的なインパクトのある昆虫とも思えなかった.だから文化昆虫学的には,もともとハサミムシはノーマークだった.しかし,ハサミムシに関するある話を聞くことで,わたしのハサミムシに対する見方は大きくかわった.

 ある日のこと,わたしは飼育しているハサミムシをふたりの関西人K氏(男性50歳代)とM氏(女性80歳代)に見せた.わたしは,ハサミムシを見せることで,特にこの二人から有益なコメントを期待したわけではない.ふたりとも虫屋という人種でも,ナチュラリストでもない.二人にハサミムシを見せようと思った動機は,単に「おもちゃを見せる子供のような」感覚 – つまり,わたしの自己満足からだった.

「かっこええやろ?」

 二人にハサミムシの入ったタッパーウェアを差し出し,わたしはそう言った.

 それを見た二人のリアクションは.

「・・・」

 ・・・普通.

 というより,二人とも目がよくないので,この小さい虫がよく見えなかったようである.

 そこで,わたしはハサミムシの入ったタッパーをK氏に渡して,よく見てもらった.目をハサミムシに近づけてじっと見るK氏.

 そして数秒後・・・,K氏は思いもよらないことを口にした.


「・・・ああ,”ちんぽばさみ” か.」

「!?」

え?え?何ですか,それは?

「この虫,”ちんぽばさみ” やないか?」

「!!!」

 まさに世界が反転するかのような錯覚をおぼえた.まさにK氏のこの台詞は,K氏からわたしに向けられた「ファンタジーアあふれるキラーパス」であった.

この俗称は,大衆によるハサミムシの見方をほのめかしているのではないだろうか – そう感じた.わたしがもっとも欲していたタイプの「文化昆虫学的知見(つまり,大衆文化昆虫学に関連した情報)」に思えたのだ.



 このハサミムシのことを指す”ちんぽばさみ”という下品きわまりないネーミング・・・おもしろい!こんな生物名がこの世にあったのか!

 そして,「”ちんぽばさみ”をめぐって次々とわきあがる疑問.

 (いったい何故,こんなネーミングになったのだろうか?)

 (この俗称に対して,どんな意味づけをすればいいのだろうか?)

 (・・・)
 

 しかし,K氏はいう・・・

「でも,これは一般的にそう言われてたかどうかはわからんぞ.仲間内だけで使ってた言葉かも知れへん.」

「わかった.」


 そこで,わたしはK氏の言っていた「”ちんぽばさみ”という言葉が実際に使われていたのかどうかを,インターネットで簡単に調べてみた.

 そして・・・わかったのは,「K氏の言っていたことは,どうも本当らしい.」ということであった.

 インターネットのいくつかの記事にも,”ちんぽばさみ” やそれに類する言葉(ちんぽきり)などがハサミムシの俗称として使われているとのことが記述されている.


 ”ちんぽばさみ”・・・.ハサミムシから見れば,実に不名誉な名前だ.彼らはこう思っていることだろう.


「俺を”兵隊虫” (※2)みたくかっこいい名前で呼んでくれ!」

「不公平じゃないか!」

と.

 「ツマグロカミキリモドキ – “兵隊虫”」と「ハサミムシ – “ちんぽばさみ”」,このネーミングの違いは,彼らにしてみれば果てしなく大きいのではないだろうか?

 K氏からわたしに向けられた「ファンタジーアあふれるパス」 - わたしのハサミムシに対する文化昆虫学的な興味はここからはじまった.もっともこれは,パスの受け手が文化昆虫学に興味をもっているわたしでなければ,スルーされていた可能性もある.と言う意味では,K氏とわたしによる「ファンタジーアあふれる共演」といえるのかもしれない.

(たぶん続く・・・)



(所長:アベ・サダ(←※3))


※ 1)ファンタジーア:
 イタリア語で「霊感」や「想像力」を意味する.基本的にはサッカー用語として用いられる.ファンタジスタの語源.ファンタジスタとは,サッカーにおいては神業的ボールスキルをもち,一本のパスやダッシュで局面をがらりと変える選手(たとえば,中村俊輔など)のことである.「ファンタジーアあふれるパス」とは,局面をがらりと変えるパスと読んでいただきたい.

※ 2)兵隊虫:
 関西におけるツマグロカミキリモドキの俗称.いつかこの虫の俗称についても話をしたいと思っている.

※3)追記:
 この話を,まさかわたしが書くことになろうとは(本当に偶然です).