ヘビとの取引に失敗したからミミズは鳴けない? - 「蚯蚓鳴く」の真実

 俳句とは,江戸時代に盛んになった五・七・五の音節から成る日本語の定型詩である.俳句では,主題(季語)に昆虫が比較的よく用いられることもあり,わたしも文化昆虫学の観点から注目している.そのこともあって,当ブログでは昆虫に関連する季語や俳句の作品に関して,時々紹介させていただこうと思う.


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 今回は「蚯蚓鳴く」という季語について話をしたい.「蚯蚓鳴く」は,秋の夜にジーッと切れ目なく長く何ものとも分かちがたく鳴く音を指し,今でも秋の動物の季語として時々俳句の作品に用いられるようである.

 この季語にまつわるとされるこんな説話がある ー 「昔,蛇は歌が巧みで目を持たなかったが,蛇のところへ蚯蚓が歌を教えてもらいに行くと,目と交換になら教えてやろうと言ったので,その声と目とをとりかえた」(水原秋櫻子・加藤楸邨山本健吉(監修) - 「日本大歳時記」より / 元は「柳田国男 - 桃太郎の誕生」に記されていた説).そのため,蛇は物をみることができて,蚯蚓は鳴くことができるというのである.



 では,蚯蚓は本当に鳴くのだろうか?



 いや,実はミミズは鳴かない.ミミズには,発音器官がないのである.「蚯蚓鳴く」とあるが,実際にはバッタ目に属するケラが鳴く様を指しているとされている.どうやら,昔の人は地面から聞こえる切れ目なく長い「ジー」というケラの鳴き声を,ミミズが鳴いているものと勘違いしていたようである.



 わたしが子供の頃のあるエピソードを思い出す.実は小学校低学年の頃,大人も含めて何人かの人に「ミミズは鳴く」という話を聞いたことがあった.ミミズが鳴く音とは,ミミズが地面で体をばたつかせている音だという人もいたように記憶している.わたしは,地面から聞こえる長く切れ間ない「ジーッ」という音は,ケラの鳴き声であるということをどういうわけか知っていた(多分,本で読んだのだと思う).一方で,「蚯蚓鳴く」という俳句の季語の存在は全く知らなかったので,「何故.そのようなはなしをするひとがいるのか」と不思議に思っていた.わたしは「ミミズは鳴かないのではないか」と答えたが,小学生の言うことはなかなか受け入れてもらえなかった.もっとも,自分もそれを科学的に証明したわけではなく知識として知っていただけであり,その出典を人に示すということをしたわけでもない.

 ただ,今思うとこれは貴重なエピソードであるような気がする.おおげさに言えば,一般社会におけるミミズなどの動物に対する関心や認識,あるいはその見方を知る貴重な手がかりなのだと思えるからである.


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 昔から伝わる説話をこんな風に書き換えてみた ー 「昔,蛇は歌が巧みで目を持たなかったが,蛇のところへ蚯蚓が歌を教えてもらいに行くと,目と交換になら教えてやろうと言った.蛇は蚯蚓から目をもらった.そして,蚯蚓は蛇から歌い声を受け取ったのだが,せっかく手にいれた声を螻蛄に奪われてしまった.結局,蚯蚓は美しい歌い声を手に入れることに失敗した」.

 ちなみに余談であるが,ケラは雑食性で植物質に加えてミミズなども捕食するとのことである.ケラはミミズを食べることで,ミミズの美しい声を奪い取ったのかもしれない.



(主任研究員:イケダ・カメタロウ)