ぼくらの妄想昆虫採集記 [文化昆虫学フィールド・レポート] (4) - リストバンドに棲む「イツツホシテントウ」

※昨夜(11月23日23時頃〜11月24日6時頃まで),誤って執筆中の草稿をアップロードしてしまいました.現在のものが完成稿です.よろしくお願いします.


ひとの

 こころのなかでしんかした

   こんちゅうたちをみつけよう


 妄想昆虫採集とは - 昆虫(ムシ)たちをモチーフに,ひとびとの創造あるいは妄想によって生み出された生き物たち,すなわち「妄想昆虫(※)」を採集・目撃観察するという試みです.「妄想昆虫」は,ひとびとの心(観念)という「選択圧」によって独自の「進化(妄想進化)」をとげ,衣類の上や商品のパッケージなど,実にさまざまな場所に「適応放散」しています.さあ,一緒に「妄想昆虫」をさがしてみましょう.地道な「妄想昆虫」の採集・観察活動は,文化昆虫学の研究をすすめていく上で,新たなインスピレーションをあたえてくれることでしょう.

※ 「妄想昆虫」「妄想進化」は,当ブログ用にわたしが作った造語です.ご注意下さい.


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 さて,今回の「妄想昆虫」は,某100円ショップで採集したものです.

 その正体は・・・



 またしてもテントウムシです.今度は子供用のリストバンドに棲んでいる種類です.

 上翅の斑紋の数は5つなので,イツツホシテントウと呼ぶことにします.

 四つ葉のクローバーとテントウムシとのセットというのは,西洋風の発想ですがいかにも幸運を呼んでくれそうですね.



 ところで,このイツツホシテントウのモチーフとなったのは何テントウなのでしょうか?

 日本でイツツホシテントウというのは,聞いたことがありません.イツホシヒメテントウという種はいますが,リストバンドに棲むイツツホシテントウとは上翅における紋の数は共通していても,配色や斑紋パターンがずいぶん違うように見えます.

 頭部と胸部が黒色であり上翅が赤色ということと上翅に複数の黒くて丸い斑紋があるという特徴は,ナナホシテントウと一致します.ただし,上翅の斑紋の数と配列が異なります.

 このリストバンドに棲んでいるイツツホシテントウは,ナナホシテントウよりもヨツボシテントウにより上翅の斑紋の配列が似ているように思えます.また配色も,ナナホシテントウと同じくほとんど一致しているように思われます.ただヨツボシテントウも,上翅の斑紋の数は2対であり,会合部が線状に黒くなっているというパターンなので,イツツホシテントウとはやはりどこか異なります.


 そもそも,このリストバンドのデザイナーは,綿密な自然観察に基づいてテントウムシのイメージを描いているのでしょうか?あるいは,デザイナーが持つテントウムシのイメージというものが,現実に生息している種の特徴を正確に反映しているのでしょうか?また,デザイナーが本(図鑑など)や標本などで実際のテントウムシのデザインを参考にしていたとしても,現物そのままの形でイメージを表現するのでしょうか?・・・などということを考えると,このリストバンドのモチーフを現実の種に無理矢理あてはめようとするのはナンセンスなのかもしれません.いや,案外海外にはイツツボシテントウのそっくりさんが実在しているのかも・・・.そして,このリストバンドのデザイナーは日本人ではないのかも・・・.う〜ん.

 しかし,このリストバンドに棲むイツツボシテントウが,少なくとも日本に実際に生息するテントウムシにはありえない斑紋パターンの特徴を有していたとしても,加えて実際のどのテントウムシの形態よりもフォルムや斑紋が単純化されてしまっていたとしても,これを見てテントウムシと認識できてしまうところがおもしろいところです.自然界に生息するテントウムシは,人の心という選択圧によって妄想進化をとげますが,モチーフとなったテントウムシの形態が大きく変化してしまっても,どういうわけか創造されたイメージはテントウムシとして認識されるのです.

 ここで問題なのは,「創造したイメージがテントウムシとしていられるための条件 = すなわち形態的特徴とは何か?」です.



 ちなみにわたしは,多くのひとびとがもつテントウムシの一般的なイメージ(すなわち,ステレオタイプ)の主なルーツは,ナナホシテントウ(あるいはその近縁種)にあるのではないだろうかと予測しています.街でよくみかけるテントウムシのイメージは,どこかナナホシテントウの特色が反映されており,今回紹介した「イツツホシテントウ」も含め,(1)丸いフォルム,(2)黒い頭部と胸部,(3)赤い鞘翅,(4)鞘翅上にある黒くて丸い斑点など,ナナホシテントウに類する特徴をもっているものが多いように見えます.

 ナナホシテントウが一般的なテントウムシのイメージのルーツとなりうる理由として,(1)ナナホシテントウはもっとも身近でみられるテントウムシのひとつであること,(2)テントウムシのなかでも大型で,色彩的にも斑紋的にも比較的目立つ種類であること,(3)個体数が多く普通種であること,(4)分布域がきわめて広いこと(ほぼ日本全国,ユーラシア大陸,アフリカ北部)などがあげられます.つまるところナナホシテントウは,多くの人が見てもわかりやすい特徴を有しており,人目にもつきやすいため,多くの人々に認知されている可能性が高いということです.また加えて,(5)ナナホシテントウの形態(とくに配色)は,それほど複雑ではなくデザインしやすいということもあるのかもしれません.たとえばナナホシテントウの構成色は,概ね赤と黒(および白)だけです.これらの条件は,モチーフとする昆虫のシンボル化(抽象化や単純化)が可能かどうかに大きく反映される要素だと思います.

 もっとも,ナナホシテントウテントウムシの一般的なイメージの主なルーツであったとしても,斑紋の数や配列などのようにナナホシテントウの細部の特色というのは,あまり正確に反映されないのかもしれません.ナナホシテントウの配色をベースに,別の種の斑紋パターンをあわせているのか?はたまた,全くの想像で斑紋を作り出しているのか?もちろん,ナナホシテントウ以外にモチーフとなる種が実際に存在するという線もありますが,仮にそうだとしたら,そのテントウムシの種がどれくらい人々に認知されているのでしょうか.ただ,別に既存の種の斑紋パターンなどの細部の特徴を創造するイメージに対して正確に反映させなくとも,ナナホシテントウのように代表的な種が有するおおまかな特徴をイメージに投影するだけで,わたしたちはできあがったイメージを見てテントウムシと認識できてしまいます.



 今後,妄想昆虫採集のデータを積み重ねていくことで,テントウムシの社会的ステレオタイプとその源泉が解明されることでしょう.街で見かけるテントウムシのイメージには,本当に上述のパターンが多いのでしょうか?気になります.同時にテントウムシ科の種類の分布や生態についても勉強を進めていかなくてはなりません.日本に限らず,海外の種についてもです.はたして,ナナホシテントウテントウムシの一般的なイメージ(ステレオタイプ)の主なルーツであるというのは当たっているのでしょうか?


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 妄想昆虫の採集・観察記録を蓄積することは,「どのような種類の昆虫が,どのような文化メディアで用いられているのか?」という文化昆虫学における根本的な問題を解明するために,大変重要なことだと思われます.あなたも,わたしたちと一緒に,「妄想昆虫」を採集しませんか?

 求!情報!



(研究員 / 普及員:ツマキ・マツキチ)



★ ぼくらの妄想昆虫採集記 [文化昆虫学フィールド・レポート] (5)へ続く.

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※妄想昆虫採集に関する詳細は,以下をご確認ください.

[妄想昆虫について]

  ぼくらの妄想昆虫採集記 [文化昆虫学フィールド・レポート] (1)

[妄想進化について]

  ぼくらの妄想昆虫採集記 [文化昆虫学フィールド・レポート] (2)