昆虫とお笑い(続編) -ドランクドラゴンの昆虫研究家/ インポッシブルの「でっかい昆虫と闘おう」(改訂版※)

>一般的には,お笑いと昆虫とはつながらないように思う.

    「本当か?」



 前回,昆虫とお笑い(の文化昆虫学的知見)というテーマで, かつての吉本興業の虫博士ピン芸人(F. Y)と,益子卓郎U字工事)のすべらない話「とんぼ捕り」を簡単に紹介した(前編 - 吉本のある元虫博士ピン芸人とU字工事の益子卓郎).あの記事を書き終えた当初は,お笑いと昆虫というテーマで書けるネタはこんなものなのかと思っていたのだが,実はまだまだあった.本記事では,あるお笑い芸人のネタについて,文化昆虫学的あるいは昆虫学的な知見を少し交えながら話をしてみたいと思う.お笑いと昆虫というテーマで,文化昆虫学的な研究が可能なのかも知れない・・・.



 ひとつは,ドランクドラゴンのコント「解説者の昆虫研究家」ネタである.このコントは,過去に観たものをふと思い出したものである.残念ながら,内容をもう忘れているため再確認しようとするも,その動画を入手することができなかった.断片的な記憶をたどると,ドランクドラゴン塚地が演じる昆虫研究家が昆虫の解説員として登場するが,昆虫研究家が虫に対して異常な執着を見せるなど,かなり滑稽なキャラで表現されている.その昆虫研究家の強烈なキャラは確かに笑えるのだが,虫屋としての自分はどこか複雑な気持ちになったのを覚えている.あの塚地演じる昆虫研究家が,一般的な昆虫研究家の社会的ステレオタイプとして根付かないことを祈る.昆虫研究家や昆虫愛好家のひとびとには,わたしも含めて昆虫に対して並々ならぬ執着心がある人が多いのは確かではあるが,一般的な昆虫研究家や昆虫愛好家が塚地の演じた昆虫研究家のように人前でふるまうのかというと,それはまた別問題である.



 もうひとつは,インポッシブルのコント「でっかい昆虫と闘おう」シリーズである.これは,上述したドランクドラゴンのコントに関する資料を探す過程で見つけたものだ.インポッシブルは,単体でウィキペディアの記事にもなるほど有名なようであるが,この記事の執筆をはじめるまで知らなかった.実は,わたしはあまりテレビを観なかったりするため(というか一時期は,ほとんどテレビのない生活をしていた),芸能界の動きに関してはそれほど詳しくない.・・・いいわけはそのくらいにして,インポッシブルの話をする.


 インポッシブル - 吉本興業東京本社(東京吉本)所属で,NSC10期生である蛭川 慎太郎(1986年生まれ)と井元 英志(1984年生まれ)のお笑いコンビ.彼らの持ちネタは「必殺仕事人シリーズ」などいくつかあるが,コント「でっかい昆虫と闘おう」が代表的なネタであるという.コント「でっかい昆虫と闘おう」は,2メートルのカブトムシやダンゴムシカメムシ等を想定し、仮想の巨大な虫と戦うというものである。つまり,彼らのコントの中では,昆虫たちは人間の対戦相手(すなわちモンスター)として使われているのだ.


 巨大昆虫は,しばしばホラー映画などでモンスターとして登場する.また,昆虫を巨大化させるという表現手法は,昆虫のモンスターとしての特性を強調し,結果として観るものに対する刺激を増大させる(Coelho 2004).そんなホラー映画によく出現する巨大昆虫が,インポッシブルによってひとつのコントの主題となったのだ.なお,巨大化した昆虫のインパクトは,映像に映し出されて発揮されるものであるとされるが(Coelho 2004),このコントでは巨大昆虫は「バーチャル」のため見えないのである.昆虫の姿は,それらと闘うインポッシブルの動きによってなんとなく表現されるということである.


 インポッシブルのコント「でっかい昆虫と闘おう」シリーズのいくつかの作品について,ここに簡潔に記述しておく.

 [でっかい昆虫と闘おう - 2mのカブトムシ] ー インポッシブルのふたりが服をぬぎ上半身裸になって気合いを入れ,迫り来る2mの「バーチャル」カブトムシ・モンスターと戦い始める.カブトムシに角でふきとばされたり,堅いカブトムシを蹴って痛がったり・・・.最後はふたりで力をあわせてカブトムシの角をおり,逃げ出すカブトムシをひとりがおさえ,もうひとりが折った角を使ってモンスターにとどめをさす(その時,相方にも角がささってしまう).
 カブトムシは,日本において闘争や強さを象徴していることが多く,人気や知名度も極めて高いので,コントにおける対戦相手としてはもってこいであろう.巨大カブトムシの角が素手で折れる,その折れたカブトムシの角が簡単にカブトムシの堅い体を突き抜ける等,巨大カブトムシの特性を表現するにおいてややリアリティにかけると思われる点もあるが,それがかえって笑いのエッセンスになっているようにも思える.インポッシブルと「バーチャル」カブトムシ・モンスターとの「緊迫感」あふれる戦いは,実に観るものを楽しませてくれる.巨大なカブトムシを目の前にしたら,われわれもきっとあのように必死に闘わざるをえないであろう.


 [でっかい昆虫と闘おう - 2mのダンゴムシ] ー イントロはカブトムシとほとんど一緒.このコントでは,実際のダンゴムシがやりそうでやらない仮想の行動が戦いの物語に練り込まれていた.そう,巨大ダンゴムシが丸まりながらごろごろと転がってくるのである.実際のダンゴムシの丸まるという行動は単なる防御であり,キチン質の柔らかい腹部を隠すためである(と考えられる).しかしながら本コントにおいては,せまりくる丸まったダンゴムシが,戦いの臨場感や緊迫感あるいはダイナミズムを演出し,結果としてコントのおもしろさ(コミカルな側面)をひきたたせる役割をしているようである.実際のダンゴムシの生態を忠実に再現していたら,堅いダンゴムシを蹴るだけというとても地味な戦いになっていたと思う.やはりダンゴムシの背部は硬いらしく,殴っても蹴っても痛いだけ.


 [でっかい昆虫と闘おう - 2mのカメムシ] ー イントロはカブトムシやダンゴムシとほとんど一緒.やはりカメムシは臭いらしく,終始鼻をつまみながら闘う.カメムシのボディもやはり硬く,なかなかその装甲をくずすことはできない.カメムシは,(1)比較的人々の身近でもよく見られる上に,(2)強烈な臭いをはなつというインパクトある特徴をもち,(3)その知名度や認識度も比較的高いので,このようなコントの題材としては適しているのかもしれない.



 もしかしたら,これからも昆虫ネタを披露してくれる芸人が出現するかもしれない.また,過去にも昆虫ネタを披露していた芸人がいたのかもしれない.短期間の調査で,これだけの昆虫に関連するお笑い作品がでてきたということは,実際には相当数の作品が存在する可能性もある.これからは,もう少しテレビでバラエティ番組を観たほうがよいようである.そして今後,お笑いと昆虫について,文化昆虫学の観点からもう少し調べてみたいと思う.



(研究主幹:シラトリ・ヨシエ)



※10月25日 10:00頃,文章と構成を修正するため,同タイトルの記事を一旦ブログから削除しました.ご迷惑をおかけしました.