「兵隊虫」とは? - ツマグロカミキリモドキと大阪人の大衆文化昆虫学考(その1 / 3)

<大衆文化昆虫学考シリーズ>


 みなさんは,「兵隊虫」をご存じであろうか?

 この名前は関西,それも大阪の一部地域(出身の一部)の方にしか通じないかもしれない.兵隊虫とは,大阪の一部地域におけるツマグロカミキリモドキの俗称である.


 ツマグロカミキリモドキ(学名:Nacerdes melanura)は,コウチュウ目カミキリモドキ科(Coleoptera; Oedemeridae)の一種である.本種は,体液にカンタリジンという毒液を持っていて,それが人間の皮膚につくと炎症や水ぶくれを引き起こすため,衛生害虫として知られている.この種類は世界各地に分布していて,とりわけ大阪も含めて大きな港のあるような街にたくさん発生することがあるという.海上交通が発達して大陸間の往来が激しくなってから世界中に分布するようになったと考えられている.幼虫は湿った材木を好んで食べるというので,本種の幼虫が穿孔した材の輸出入や漂流に伴って世界中に分布を拡大させていったのかもしれない.


 そんな兵隊虫ことツマグロカミキリモドキを使った子供遊びが,ある時期に大阪で流行っていた.いわゆる兵隊虫勝負(戦争)という.何をするのかというと,この兵隊虫ことツマグロカミキリモドキをつかまえて,自ら肘(ひじ)の内側にはさむというものだ.もし,ツマグロカミキリモドキを肘にはさんだことによって,肘の内側に水ぶくれが出来なかったら「勝ち」,運悪く水ぶくれが出来れば「負け」と判断するのである.主に大阪湾周辺(つまり,ツマグロカミキリモドキが多かった地域)で昭和20年ごろからはじまり,昭和40年から50年代にかけて比較的流行っていたらしい.最近では,大阪の環境が変化したためか,大阪で兵隊虫も見かけなくなり,また兵隊虫勝負もすたれつつあるという.


 兵隊虫・・・.

 昭和50年代 - わたしは小学生であり,大阪市東淀川区に住んでいた.また,人一番昆虫には興味をもっていた.だから,兵隊虫のことは知っていた.ただ,わたしのまわりでは兵隊虫勝負がそれほど流行っているわけではなかった.わたし自身は,兵隊虫勝負をやったことはない.しかし,友人が兵隊虫勝負にいどむのを目の当たりにしたことがある.確か,兵隊虫勝負のことを戦争と言っていたような気がする.

 ・・・わたしがまだ小さかったころの朧気な記憶がよみがえる.


(その2へ続く)



(主任研究員:イケダ・カメタロウ)


※本文を書くにあたり,以下の文献を大いに参考にしています(また,一部引用しています).このうち,初宿 (2000) には,兵隊虫に関する詳細が記述されています.なおこの文献は,ネット公開もされていますので,ご覧になりたいかたは こちらを参照すればよいかと思います.

★初宿成彦 (2000) なにわっ子の危険な虫あそび「兵隊虫」勝負. - Nature Study 46: 3-6

★宮武睦夫 (1985) カミキリモドキ科. - 黒沢良彦,久松定成,佐々治寛之 (編) 原色日本甲虫図鑑III: 33-36. 保育社.