何故,「兵隊虫」と呼ぶのか? - ツマグロカミキリモドキと大阪人の大衆文化昆虫学考(その3 / 3)

(2009/12/10, 19:00頃 - 文章構成を大幅に編集しました:管理者より)

<大衆文化昆虫学考シリーズ>


 兵隊虫とは,大阪の一部地域におけるツマグロカミキリモドキの俗称である(初宿 2000).そんな兵隊虫ことツマグロカミキリモドキを使った子供遊び「兵隊虫勝負」が,ある時期に大阪で流行っていた.それは衛生害虫であるツマグロカミキリモドキをつかまえて,自ら肘(ひじ)の内側にはさむというものである.ツマグロカミキリモドキは,カンタリジンという毒を持つ.カンタリジンにむやみにふれると炎症・水ぶくれの原因となる.

 兵隊虫勝負という虫遊びは,昭和40年代から50年代に流行った遊びである.だから,その頃に大阪市在住の小学生だった人の中には,「兵隊虫」の名を知っている人がちらほらといるようだ.


 では 何故ツマグロカミキリモドキのことを,大阪市内では兵隊虫と呼ぶようになったのだろうか?

 子供のころは,勝負(戦争)遊びに使われるから兵隊虫というのではないかと思っていたのであるが,実際のところはどうなのであろうか?ここでは,兵隊虫の語源を説明する仮説についての雑感をいくつかのべたいと思う.


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 兵隊虫という言葉と起源をたどることについては,まず兵隊虫という俗称がいつごろに誕生した言葉なのだろうかについて調べる必要があるのだろう.初宿(2000)の調査によれば,これまで兵隊虫遊びをしていた時代を調べてみると,一番古くは昭和20年代前半にまでさかのぼることができたという.つまり,その頃にはすでに兵隊虫という言葉は存在していたことになる.しかし,兵隊虫に関するそれ以前の資料が存在するのかどうかは,現在のところ不明である.ただ,初宿(2000)が述べるように,本種が史前帰化昆虫であるとの予測があるものの,兵隊虫とその類義語が大阪市とその周辺のごく限られた地域にのみ知られていることを考えると,それほど歴史の古い言葉とは思えない.もし,「兵隊虫」という言葉が歴史的に古い言葉だとしたら,「兵隊虫」やそれに類する言葉がもっと広くに分布していたとしてもよいのではないだろうか?もちろん,本種の分布や生息状況との関連性もあるので一概にそうと言いきれるものではない.ただし黒佐(1958)が調査した時点では,ツマグロカミキリモドキは特に大阪市周辺にのみ局所的に分布するというわけではなく,日本全国に比較的普遍的に分布していたことが確認されている.


 初宿(2000)は,兵隊虫の語源としてふたつの仮説をあげている.まずひとつは「Soldier beetle直訳語源説」であり,(戦後にやって来たアメリカ兵から)Soldier beetleの直訳として習った子供たちが広めたのではないかというもの.もうひとつは「色彩起源説」であり,ツマグロカミキリモドキの色彩が軍服と同じカーキー色(ここでは,帯赤茶褐色)をしていることに由来するものだとするものだ.初宿(2000)は,(1)ツマグロカミキリモドキと同じような色彩をもつコフキコガネに対して兵隊ブンブンという俗称があることと,(2)ジョウカイボンの英名も,見た目が兵隊の服に似ているからという説があるということから.「色彩起源説」を有力視しているようである.


 わたしは「Soldier beetle直訳語源説」も十分に有力な仮説だと考えている.その根拠はそれほど明確ではないのだが,日本で単発的に起こったとするよりも,英語文化圏において兵隊に関連する名前が起こって他方(日本)に伝播したと考えたほうが自然なように思えたのである.そう思うのは,明確な根拠があったわけではない.単に,わたしが兵隊ブンブンというコフキコガネの俗称を知らないうえに,コフキコガネやツマグロカミキリモドキの色(や形態)からすぐには兵隊を連想できないという個人的な理由からである.


 実際のところは,あの色彩をもつ昆虫を見て兵隊を連想するということは,人や時代によっては普通なのかも知れない.あるいは,ツマグロカミキリモドキが頻繁に見られるようになったのは,カーキー色の陸軍軍服を着た兵士の姿が強烈なインパクトを伴う日常の風景だったころとかさなるのだろうか?この点については,自分の感覚では正直言ってよくわからないところがある.ただ,日本において軍隊がカーキー色の軍服を陸軍に採用した年代(明治40年頃)で終戦が昭和20年であることを考えると,カーキー色の服をきた兵隊がみられるようになったのはそれほど歴史が深いわけではなく,ツマグロカミキリモドキの色彩から兵隊を連想し「兵隊虫」という名称が自然発生的に起こるには,その期間(年数)が短すぎるようにも思う.


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 兵隊虫の語源の説明として正しいのは,Soldier beetle語源説か?それとも,色彩起源説か?はたまた,別に真実がかくされているのか?現在のところ,まだそれらいずれかの説明の正当性を決定的にするような説明や証拠(理由)の存在を,わたしは知らない.

 しかしこの兵隊虫という戦いを臭わせる名前が,兵隊虫勝負という人と昆虫との戦争遊びに結びつくというのもおもしろいものである.この兵隊虫勝負という遊びが,ツマグロカミキリモドキの関西における俗称の誕生と普及に一役買っているのかも知れない.いや,逆に兵隊虫という俗称と衛生害虫としての特性が,兵隊虫勝負という遊びを生み出したという可能性もある.

 現在では,兵隊虫勝負自体がすたれており,兵隊虫について語れるひとびとも少なくなっているように思われる.兵隊虫とそれに関連する虫遊びに関する情報を,早急に収集する必要がある.



(主任研究員:イケダ・カメタロウ)


※本文を書くにあたり,以下の文献を大いに参考にしています(また,一部引用しています).このうち,初宿 (2000) には,兵隊虫に関する詳細が記述されています.なおこの文献は,ネット公開もされていますので,ご覧になりたいかたは こちらを参照すればよいかと思います.

★初宿成彦 (2000) なにわっ子の危険な虫あそび「兵隊虫」勝負. - Nature Study 46: 3-6